三三七拍子は誰が作ったの?名前や由来などを調べてみた

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三三七拍子、時々耳にして

いつのまにか覚える儀式?みたいなものですよね。

 

何かの会の締めとか、喜ぶ場の締めとかに使われる拍子ですよね。

 

結婚式の最後にも、

ひと昔前までは使われていたんですよ。

 

そもそも、その三三七拍子とは、いつからはじまったんでしょう?!

 

誰かが作って、何かのタイミングで披露してから

ずっと使われるようになったのでしょう。

 

その誰が、どんな時、

何のために使ったのか気になりますよね。

 

今回の記事では、

三三七拍子の名前の由来、

誰が作ったのかなどについて紹介していきたいと思います。

 

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三三七拍子の名前は由来について

 

 

まずは、三三七拍子の由来について調査してみました!

 

三三七拍子は、大正10年に行われた

早稲田大学との対抗試合で初めて披露されたものなのです。

 

なんと大正10年!

そんなに昔のことだったんですね!

約100年も前になりますよ!

 

三三七拍子の由来としては、

音楽的に解説すると、日本の拍子は、4拍子(337拍子)でも頭打ち拍子と呼ばれます。

337拍子も、4泊目に休符が来ていることから明らかです。

 

頭打ちか、裏打ちか、3拍子かは、どんな民族かによって決まってきます。

例えば、頭打ちになるのは、農耕民族で、畑を耕すリズムがこれにあっています。

 

よって、日本音楽では、ほとんどが頭です。

 

裏打ちや3拍子は、騎馬民族で、ヨーロッパなどの人々がこれに当たります。

西洋音楽は、優雅で軽い感じの音楽になります。

 

実は、裏打ちが音楽として主体性を帯びてきたのはジャズ音楽が誕生してからで、

これはオフビート・8ビートと言う、裏打ちの元祖とも言われるリズムからなっています。

 

ジャズが誕生するまでは、裏打ちは曲にスピード感を出すような部品として使われ、音楽の全体としては、あまり使われなかったようです。

 

以上のことから、頭打ちを主体とするところは少なく、日本の固有のリズムとも考えられます。

アリランでさえ3拍子ですからね。

 

律動はリズムです。律動には生命力が宿るとノートに書いてあります。

4又は2拍子は心臓のリズムです。全世界で自然発生的に誕生するリズムです。

 

というのが、一番詳しいサイトに書いてあったのを

そのまま抜粋しました。

 

日本の農耕のリズムと相まっているというのは、なるほど!と思いますね。

 

でも、拍子というのは深いんですね。

 

国によって心地の良い拍子ってあるんですね!

 

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三三七拍子って誰が作ったの?

 

 

さて、続いては

三三七拍子は誰がつくったのか?ということです。

 

三三七拍子を考案したのは、

明治大学応援団・初代団長の相馬基という方なのです。

 

やはり、ちゃんと作った人は明確にいるのですね!

 

この相馬基氏は、日本の応援のスタイルの

基盤を作った人と言っても過言ではないのです。

 

この明治大学の応援団は、1922年に発足していて、

その初代団長が相馬基氏です。

 

三三七拍子の基本のような、紋付き袴姿でするのですが、

この相馬氏は、元々相撲部出身なのです!

 

さらに、みなさんイメージできるかと思いますが、

学ランの応援で、肩より上に両手を広げて手をたたく感じの応援の形も、

相馬氏が取り入れたものなのです。

 

相撲の不知火型の奥義で、

豪放の精神を基礎とした所作であることから、

相馬氏は取り入れたと言われています。

 

この相馬氏自身が卒業する時が1924年なのですが、

なんと、前学長のはさみ入れによって断髪式まで行われたそうなんです。

 

もう映画のようなワンシーンですよね。

 

この相馬氏が日本の応援団や応援の基礎を気づき、

その応援が元にして作られた三三七拍子が、

今では、お祝い、激励、締めなどに良く使われるものになったのです。

 

三三七拍子に深い歴史あり!ですよね。

 

単純に考えてできるようなリズムでもないし、

意味合いが無ければできないようなリズムですよね。

 

昨今は、あまり使われる機会も少なくなってきましたよね。

 

でも意味や由来を知っていて使うのと、

ただ、流れでなんとなくやるのとでは、想いや気合は違ってきますよね。

 

日本の風習として残されていくと良いなと、個人的には感じるものです。

 

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まとめ

 

三三七拍子は、大正10年に行われた

早稲田大学との対抗試合で初めて披露されたものなのです。

 

日本の応援団や、応援スタイルの基礎を築いた、

相馬基氏が考えられたものなのです。

 

リズムが日本人になじみのある感じで考えられたもので、

長年愛されるだけの意味合いと歴史があるのですね。

 

今では、締めや激励、結果としてのお祝いの時に使われますが、

元々はスポーツの応援として使われていたことに驚きました。

 

大正時代に考えられた三三七拍子も、

もう昭和、平成、令和と数えて

約100年近くの歴史になるのではないでしょうか?

 

ただ、三三七拍子も、

もうあまり見る事も少なくなってきましたね。

 

一本締め、三本締めなど、

地域によって特色のあるものも出てきましたしね!

 

日本の良き伝統を、今一度意味合いや歴史、由来を知って、

大事に使っていくことができたら素敵ですね!

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